ちょっぴりHなハチャメチャラブコメディ



(このコーナーは、全く先を考えずに思い付きで文章を継ぎ足していきます。)

1

地獄のような歯ぎしり。
その人はメンチカツであり、また菩薩であった。
あるいはシルクハットから取り出される兎かもしれない。
百万回繰り返される予定調和の主人公。(タネもしかけもございません!) 
彼は冴えない奇術師の唯一の友人であった。
舞台の後は野菜屑をもらいながら愚痴を聴き続けた。
しかし百万一回目のショーで彼の耳は自分の重さに耐えられずブチンと音を立てて千切れたのだ。

2

歯ぎしりは止まない。カタカタと積み木が揺れている。
盆栽!盆栽!と誰かが叫んだ。
その叫び声を聞いた途端、私は声にならない声で泣いている自分に気がついた。いつごろからだろう。私には一つの願望があった。
漂泊。
ボロボロになりたい。
ボロ雑巾のようになってただ、歩き、流れ、死にたい。
誰にも知られることなく、何も考えることもなく。
しかし、そんなことは夢だ。
それは夢ではない、と耳の無い兎が言った。
石が落ちた。それは石が落ちる番だったからだろう。

3

白い坂道を登っていくと床屋が赤と青の渦巻きの看板を出している。
横に小さく「ひやしねこあります」と書いてある。
中に入ると皮張りのリクライニングに通される。
店主はゆっくりと椅子を倒すと、私のまぶたの上に冷やりとした子猫の腹を乗せた。
子猫は安心して眠っているようだ。
 
剃刀が光った。
まぶたの裏で菩薩が笑った。

顎に当てられた冷たい刃は、一定のリズムで上下している。
猫は怖くはないのだろうか。

4

私と床屋は観覧車の扉を閉めると、差し向いに座った。
観覧車は錆がひどく、氷海のクジラのような悲鳴をあげた。
ゆっくりと上昇していくと、窓の向こうに観覧車が見えた。
向うから見る我々もまた、悲しげに見えているのだろうか。

工場の匂い。海の匂い。
また一つ石が落ちた。私は床屋が一昨年死んでいたのを思い出した。

向かいの席には盆栽が一つあるだけだった。

5

堤防に沿って歩く。
誰かの軍手が風に吹かれて、海に落ちた。

黒い人達が自転車で横を通り過ぎて行く。
どれも同じような顔に見える。
ポケットに手を入れると何かにさわった。
私の耳だった。

向こうで兎が何か言っているが、もう聞こえなかった。

6

金属の鳩が放物線を描いて電球が割れ、プラネタリウムがはじまった。
 
甘いような焦げ臭さ。黒い布。
何もかも死に絶えた月の遺跡のような広場で、天球は鈍い光と熱を発して廻った。
 
双児の子供が、ひっそりと肩を寄せて毛布にくるまっている。
時折、彼等の小さな笑い声がさざ波のように震える。
天球に照らされた私の顔は風邪をひいたように熱っぽい。

白い蛇が一瞬、影をフィルムに映し消えていった。

7

枯葉を踏みながら石畳を過ぎると美術館が見えてくる。
門番は彫像のように動かない。
じっと見ていると自分と門番のどちらがどちらかが分からなくなってくる。

しん、とした館内は薄暗く無名の作家の絵が並んでいる。
そのうちの一枚は牛の絵だった。

鈍色の曇天。
畦道の真中に、黒い牛がいる。

牛の瞳だけが執拗な緻密さで描かれている。
赤く濁って熱を帯びた瞳がこちらを睨んでいるようだ。

冷たい廊下をどこまでも牛の視線は追い掛けてきた。
ガラスの向こうで風が吹いた。
何かの破片が芝生の中で光った。

足早に立ち去る私を門番が睨んだ。牛の眼をしていた。

8

ひらりひらりと影法師たちがジャングルジムを駆け回る。
触れようとすると目の前をすり抜けて電信柱に吸い込まれていく。
そのたびに家に灯りが点いた。
 
「なにをしているのですか」
「なにをしているんでしょうね」

(しかし、それはきっと大切な何かだ)

「これを持っていって下さい」
その人は煤けた小さな手を差し出した。
「大切な物なんです」
 
白、青、黄色。
それは金平糖だった。
 
私が頷くとその人は微笑んだ。
 
全ての家に灯りが点ると、ばさりと日が暮れた。

9

(タネもしかけもございません!)

一歩歩くごとに、少しづつ何かが軽くなっていく。
しかし、それを意識した途端に全てが以前にもまして重くなる。
ただ、それだけを繰り返してきた。 
 
(しかし、それはきっと大切な何かだ)
 
遠くで木馬が啼いた。
石を、拾って、投げた。
音はしなかった。

不意にコトリと倒れてみた。
もう立ち上がれなかった。
ポケットには穴が開いていた。
何もない。
満足だった。

「本当に?」

兎が聞いた。
私はゆっくりと目を閉じて頷いた。
また二人でどこにでも行こう。
ゆらゆらと燃えるフィラメントの火の下で奇術を繰り返そう。
私は君の目の赤いのが何故か知っている。
 
もう歯ぎしりは聞こえない。
まぶたの裏で菩薩が笑った。
その人はメンチカツの匂いがした。









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