プロレタリアート・ドキュメント
労働者S

(※この文章は、私が若かりし頃に体験したことをを基に構成されています。いろいろ大目にみてください)

〜派遣軽作業員は二度死ぬ編〜

私こと佐山史織、武術家23歳(無職)は、今まで腹が空けば食べ、眠くなったら寝る愉快痛快な人生を送ってきたのであるが、先日、金銭が払底。ついに労働することになった。
これはある意味、現代版「王子と乞食」であり、一種のロールプレイング・ゲームと言えよう。そう、私にとって労働とは一種の冒険なのだ!

どうせ冒険するなら色んな場所に行ける仕事にしようと思い、派遣の軽作業に登録。オファーに従い、武蔵嵐山に向かった。
武蔵嵐山で私は白装束を着せられ、サティアン風の建物の中で、「尊師、これは何のイニシエーションで すか?」などとうそぶいていた。
その日の重要かつ深甚な仕事の内容を平易な言葉で説明すると、「流れてくるカップヌードルを箱に詰める」というもので、「流れ作業の申し子」「ベルトコンベアー・ウルフ」などの異名をとる私には造作もないことである。
この作業はコンベアーの上流に行くほど楽であり(バラモン、クシャトリヤ)、下流に下ると忙しい(スードラ)。
完全なカースト制である。ちなみに私は可もなく不可もない中流階級、バイシャといったところか。

この作業の難点は立ち続け12時間という長さである。
中国拳法には站椿という鍛練法があり、立ってるだけで強くなる摩訶不思議なものである。
なので「やったじゃん。12時間も立ってたらレベル上がりっ放しじゃん。これって裏技?」などとほざいていたが、実際には強くなるどころか、体力、若さ、 人として大切な何か、等がメキメキと減少していった。
そして事件は起こった!

カップ麺の異状を感知するX線透視機がギギギと悲鳴をあげている!
機械が自我に目覚めたのか、それとも文明社会に対する警鐘か?!
とりあえず、この隙にしゃがんで体力を回復した。

透視機も復旧し、つつがなく作業は進み、私は何度目かのコンベアーズ・ハイを迎えていた。
全ては一見、順調に見えた。

しかし、ヤツが来たのである。
そう、専門用語で「確変」「フィーバー」「ボーナスステージ」などと呼ばれる現象である。

これはコンベアーからカップヌードルが溢れ、ダダもれになる怪現象で、上流階級の歪んだエゴが引き起こすものだと語り継がれている。
ここはひたすらボタン連打で切り抜けるのだが、もはや下流ではダムが決壊寸前。あわや!というところで目をつぶると、突然、透視機がウーウーと唸り出した。
これは異物混入の合図で、これが鳴るとコンベアーは止まり、製品は一時的に差し戻される。テトリスの長い棒、あるいはスタープラチナ・ザ・ワールドのような救済である。

死線をくぐりぬけた私は魔技、小手返し一手をも身に付け、鬼神の働きであった。
(小手返し一手とは、片手に2ヶづつカップを持ち、計4ヶのヌードルを詰める大技である。しかし、ゲージを二本消費し、通常の2・5倍の時間がかかるのだ!)
やがて、涙あり笑いなしの12時間が過ぎて、世界は清々しい朝を迎えていた。

帰りは四人一組でタクシーに乗せられるのだが、運転手は横暴だし、二千円も取られ、領収書だの何だのと面倒くさいので、歩いて駅までいくことにした。
そうだ! 冒険に来てタクシーで帰ってどうする!
大いに武蔵嵐山をエンジョイ&エキサイティングしようじゃないか!

と、思った私の精神はやはりどこか、おかしくなっていたのかも知れないと気付いたのは、山中にて遭難した30分後のことだった。
なんとかして数時間後、駅 に辿りついたころには、『こんな所まで二千円で運んで下さるなんて、運転手様は菩薩の化身にちがいない』と思うまで改心していた。

〜漫画喫茶は危険がいっぱい?の巻〜

私こと佐山史織、 武術家28歳(フリーター)は、今まで腹が空けば食べ、眠くなったら寝る、愉快痛快な人生を送ってきたのであるが、またもや金銭が払底。やむなく漫画喫茶でアルバイトをしていたのだが…。

今日もシャーク団※のやつらがやってきた。

連中はいつもの通り、床中にポテチのカスをまき散らし、漫画を秩序なく出鱈目な棚にねじ込み、未使用の食器の中に使い終わったコップを戻す。
私はいつも通り、それを黙って片付ける。
たとえそれが、賽の河原に石を積むシジフォスのような作業であろうともだ。

しかし、その日、奴らは最後のラインを踏み越えた。

店内60席で唯一の座敷席。80番。
ひとつだけ規格外の番号を持つサンクチュアリ。
そこに入室する者は、王侯貴族であろうと靴を脱ぎ、スリッパに履き替えることを義務づけられる。
80番。マリアの子宮ともいえる安らぎ空間。
それは漫画喫茶を超えた一つの小宇宙だった。

しかし、あろうことか奴らは、80番専用の室内スリッパをはいたまま、トイレで用を足したのだ。
そしてその足で部屋に戻って行った。
白百合は花びらを散らし、その純潔を失った。

衝撃のあまり放心していた私は、自分が回収トレイを落とす音で意識を取り戻した。
そして店長に電話を入れた。

「ええ、佐山です。あの、店員と客がもめたら店の責任になりますよね?はい。じゃ、ちょっと辞めますんで、この瞬間クビにしてください。お世話になりまし た。」

電話を切ると私は、ブラウスから蝶ネクタイを引きちぎって外した。もはや私を縛る鎖は無かった。

狩りの時間だ。

二分後、18番のボックス内では、男がポテチの袋を被ったまま気絶していた。9番の男は、全身をコロコロカーペットの粘着シートで巻かれ、芋虫のようにう ごめいていた。
5番の男は口からプレステのコントローラーを突っ込まれ、ヨダレをまき散らしながら、のたうちまわっていた。

そして80番。
ドアを軽くノック。そして出て来たところで顔面にファブリーズを一吹き。たちまち目を押さえてうずくまる後頭部に、無慈悲にシルバーのトレイを打ち付ける と、相手はウンとも言わず昏倒した。

次に気がついた時、こいつは自分が犯した罪の深さを知るだろう。
緊急避難はしご「オリロー」に全裸で逆さに吊るされた状態で。

※ シャーク団…謎の集団。一見、無関係な常連たちに見えるが、服装センス、体臭、横柄な態度などに共通点が見られる。

〜福祉黙示録シオリの巻〜

私こと佐山史織、武術家28歳(フリーター)は、今まで腹が空けば食べ、眠くなったら寝る、愉快痛快な人生を送ってきたのであるが、ひょんなことから介護福祉士国家試験の学科をパスして、実技試験に駒を進めていた。

ざわ…ざわ…

俺達は介護福祉士国家試験会場(エスポワール号)に連れてこられていた。
携帯電話を取り上げられ、靴も脱がされ、訳も分からぬままに講堂めいた場所に集められる。要所、要所には黒服(監督官)が立っており、外部への連絡は不可 能なようだ。
そこで番号順に分けられ、呼ばれた者から順に連れて行かれていく…。なにがなにやらだ。

突然、受験者の一人が黒服に腕をねじ上げられた。

静粛に・・・・!
この男は今 携帯電話でメールを打っていた!
最初に言ったはずだ。
そういう行為は一切認めていないと・・・・・・!
繰り返す!
携帯電話の持ち込みは無条件で別室行きだっ・・・・!
いいなっ・・・・・・!持ち込みは一切認めないっ!
不正行為は見つけ次第厳罰に処す・・・・!

ざわ…

受験者の間で動揺が走った。
念の為、携帯を家に置いて来て正解だった。
三時間後、俺の番号が呼ばれ、控え室に通される。そこで渡された紙にはこう書いてあった。

・試験課題

山川花子さん(75歳)は左半身麻痺があり、歩行や着替えに一部介助が必要です。これから入浴する予定です。
脱衣室のいすに座っている山川さんを、肌の露出に配慮しながら上衣を脱ぐ介助をしてください。(下半身はすでに脱ぎ、バスタオルを巻いています。)
その後、入口の段差を越え、浴室に移動し、シャワーチェアに腰掛けさせ、洗身用具を渡すまでの介助をしてください。(バスタオルをはずす必要はありませ ん。)
山川さんが着用している黒のシャツ、スパッツ、靴下は肌とみなします。山川さんは、「はい」または「うなずく」のみです。

制限時間5分。

うっ!なんだ…こりゃあ。
紙には試験室見取図も添えられているが、椅子から脱衣かご、そして浴室までは数歩は離れている。 
どんなに「露出に配慮」しても、浴室の中まで服を着て行くわけには行かない。

つまり、脱衣カゴに辿り着く前には服を脱いでいるのが道理…!
それで肌を露出させないとは一体…?
問題を見て同じ疑問を持った受験者たちがざわつく。

が……!

「試験内容に関する質問は一切受け付けません」

……あ?
何だと?

「甘えを捨てろ。おまえらの甘え・・・・・・
その最もたるは 今 口々にがなりたてた その質問だ。
質問すれば答えが返ってくるのが当たり前か・・・・・・?
バカがっ・・・・・・!
とんでもない誤解だ 世間というものは とどのつまり
肝心なことは 何一つ答えたりしない」

静まりかえる受験者たち。
俺は心を落ち着かせた。俺も三年は介護の道を歩いた兵(つわもの)…!今までの経験を思い起こせば道はある…!

一つには、上衣が…そう、浴衣のようなものだった場合。
これから風呂に入ろうという人間だ。浴衣を着ていてもおかしくはあるまい。これなら、脱いだ後、ギリギリ浴室前までは、羽織って肌を隠せるはず…。

もう一つは、バスタオルだ。
(バスタオルをはずす必要はありません。)というこの一文…。
これが恐らくフェイク…!
もし、バスタオルが長めのもの。特にゴムで留める巻きスカートタイプならば、これを胸の高さに巻き直せば浴室内まで肌を隠していける。はずすのではなく、 着直す。これが正解なのではないか。

他に手はない………
紙細工のような理でも
もう、これに乗るしかねえんだっ…!

そしてついに試験が始まった。
山川と名乗る老女役の女性と対面する。

ぐっ…!

第一の策、破れる…!
浴衣どころか、厚手のフリース!

家庭の脱衣所を模した空間なら、エアコンは無い。 寒さに耐えるため、厚着している可能性は充分あった。

甘かった…!

動揺を隠しながら自己紹介、気分などを聞きつつ、バスタオルに目を走らせる。

…が、駄目っ!

短い!バスタオルがちょうど腰を覆う程度の布!
これでは上半身まで隠すのは無理!

選択の余地なんかない…!
この土壇場………
とどまることは死だっ……!

とりあえず絶句している暇はない。 服を脱がして行くしかない…。
しかし、このままではどうやっても露出してしまう。
まさに泥沼、嵌まっている………
すでに泥中、首まで………

駄目だ。これは根本的に違う。
考えろ。考えるんだ。
運・勘・人に頼る勝負はやめだ……
そういうノータリンな振る舞いはもうやめ…
自分の頭で考え………
勝つべくして勝つ………………!

その時、シオリに電流走る…!
見えた…… ある… 必勝の方程式…!
問題文に1行の記載もない…異彩の存在。
まさに盤外の一手。…鬼手!

ひっそりと片隅に置かれた脱衣カゴの中…追加のバスタオル…!

「こちらで前を隠してもらってよろしいでしょうか?」

微笑み、頷く山川さん。勝った。
それにしても汚い…介護のテクニックと無関係な引っ掛け。
こすっからい罠…! 注意力と機転を試すとでもいうつもりか?

その後、段差を越え、シャワーチェアに座ってもらう。
ここでも最後の引っ掛けがあった。
タライの中にはスポンジとタワシ。どちらを使うか本人に選んでもらわずに渡せば、「利用者の意志の尊重」という項目に×がつく。 しかし、無論、そんな所で足元を掬われる事は無い。

時間内に任務を果たした俺を黒服達が拍手で送る。

「コングラッチュレーション! コングラッチュレーション!」

介護福祉士国家試験
勝つのは智略走り
他人出し抜ける者

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